Across the Universe

天文ブログでスタートしたつもりが、いつの間にかB級グルメブログになり、さらにダラダラ日記に変化しつつあります。

その他祝日、記念日、年中行事

松本へ

32日、引越しをしました。
 
ところが先週中に電気・ガス・水道の開始手続きを忘れてしまったため、そのまま松本に残る事が出来ませんでした。
 
3日、ようやくライフラインの開通が出来、松本での生活が始まりました。
 
先週は、27日に社内のカラオケ会主催の送別会があり、と言っても別に私が多く歌えるわけでもなく(笑)、いつも通りにローテーションで歌いまくり、結局終電で上田へ。

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仕事最終日、長野でのランチ締めは『鍾馗』で「枯れ節そば」。相変わらずの完成度の高さ、今、長野市ではいちばんお勧めのラーメン店です。

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夜は上田で飲み会、これは人事が出る前に約束していたもので、二次会はフォークソングを自分で弾いて歌うお店『フォーク酒場アルペジオ』でした。後半はへべれけで、記憶がありません。

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3日朝、本社で辞令を受け、上田でひと仕事を済ませて昼食。上田名物『福昇亭』の焼きそばを食べて松本に向かいました。

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松本での住まいは3年前まで住んでいたアパートの隣の部屋(笑)。まあ、勝手知ったるナントカで、最初から馴染んでいます。

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いきなり初日夜から、高校同窓会の支部幹事会があり、久しぶりにいつものお店に出動しました。先輩方から「ほらな、お前はこの支部から足抜けは出来ないって言われていただろう?」と声をかけられ、早速支部総会の役を頂戴してしまいました。


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助走期間もないまま、2度目の松本生活がスタートしました。さて、今回は星を見る余裕が出来るのでしょうか?

日曜日雑感

3連休、いかがお過ごしですか?天気も上々、星見に撮影、遠征に出られている方も多いことでしょうね。
 
私はと言うと、金曜日夜は疲労困憊でさっさと就寝、12日(土)は高校同窓会の会員大会があり、我々の期が幹事と言う事で賑やかしのために出席、夜半過ぎまで大いに飲みました。クラス違いも入り混じり、2次会も非常に盛り上がりました。
 
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したたか酔っ払って家に戻り、階段を上がろうとしたら思いっきり右足薬指をぶつけてしまいました。でもまあ麻酔が効いていた事もあり、それほど気にせず眠ってしまいました。日曜日朝、足がジンジン痛んで目が覚めます。ほんの4時間ほど眠っただけでした。こりゃあヤバいかな?とは感じました。しかし夜には会社の後輩の結婚式2次会が設定されていて、まあそれまで家で静かにしていれば大丈夫だろうなんて思ったのですが、靴を履こうと思ったら飛び上がるくらい痛いし、歩いても痛い!二日酔いも手伝って、2次会ではノンアルコールで過ごし、帰りに近くの総合病院の夜間外来に寄って来ました。
 
レントゲンの結果は、骨には異常なし。まずは良かったです。中指を添え木代わりにして、シップをしながら固定、ようやく痛みが薄らぎました。痛み止めの錠剤とシップを出してもらって帰宅。今晩は酔っていませんが、どうやら眠れそうです。
 
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そんなわけで、すっかり遠征する気力も失せてしまいました。明日は東京へ出掛ける予定があり、どのみち早く寝なくてはなりませんでしたが・・・。
 
今朝、ジンジン痛む足で起こされた時、ふとこの曲が頭の中でリフレインされました。
 
 
ビリー・ヴォーン・オーケストラのヒット曲『峠の幌馬車』ですが、実はこの曲、私の実家付近では幼い頃から毎週日曜日の早朝(たぶん朝6時だったかと)に、どこかの公民館から流れる曲だったのです。これを聞くと「あ、今日は日曜日だ。遊びに行けてうれしいな」となるわけです。あれ?上手くリンクが張れないな?
 
今でもこの曲を聴くと、あの頃の日曜日の朝を思い出します。休みの日、両親はゆっくりしたいのに、私は学校に行くときよりも早く起きてしまったものでした。どこかに買い物や食事に連れて行ってもらうのが本当に楽しみでした。デパートのゲームコーナーなんかが最高でしたね。
 
さて、明日はこの痛む足を引きずってちょっと遠方まで出掛けます。大丈夫かな??

昔話ですが

明日は成人の日。昔は1月15日と決まっていましたが、いつからか1月の第2月曜日が成人の日となり、連休が取れるようになりました。テレビのニュースでは、全国各地で今日開催された成人式を紹介していましたね。
 
私が成人を迎えたのはもう30年以上も昔の話になりますが(笑)、この季節になると思い出す事があります。
 
当時の上田市では、市内全域の新成人が市民会館に集まり、成人式を行っていました(現在は合併などもあって、何か所かに分散して開催されているようです)。式において代表として挨拶をする新成人は自治会の順繰りで決まっていて、たまたま(?)その年の総代に、高校時代の同級生が選ばれました。
 
大学の冬休みで帰省していた私は、直前まで成人式に出席するつもりでいました。ところがその総代に選ばれた友人が「俺は総代なんてやりたくないから欠席する。だからお前も欠席してくれよ」と言うのです。「なんで俺がお前に付き合って欠席しなくちゃいけねえんだよ!?」とは言ったものの、当人はとにかく代表で式典に出る事がイヤでたまらないようなのです。「わかった。じゃあ俺も出るのやめるよ」と、彼に付き合って、私も欠席する事にしました。私自身、「まあ、会いたいヤツとは普段から会っているし、どっちでもいいや」なんて思っていたところもあったのです。
 
特別ふろく 31年前の私(爆!!!)
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1982年1月15日、天気のいい日でした。友人は朝から私の家に遊びに来て、二人でコーヒーを飲みながらタバコを吸い、ビデオを見たり将棋を指したり・・・、いつも以上に時間を持て余して過ごしました。
 
夕方、中学時代の同級生が家に来て、その日に配られた記念の写真アルバムを届けてくれました。小学校や中学時代の友人達と、久しぶりに会って楽しかったと、その同級生が話してくれました。
 
今思うと、彼を引っ張ってでも連れて行けば良かったかな?と思います。一期一会なんて大袈裟な事ではありませんが、友人知人と会える時には、やはり会っておくべきです。先の事など誰にもわからないのですから。・・・もっともこんな思いになったのは、この年齢になったからでしょうね。
 
明日も各地で成人式が行われるのでしょう。天気が心配ですが、思い出に残る式になるよう祈りたいと思います。

連休最終日

私は5月4日が出勤だったので、全然“大型”に感じない連休でしたが、それも今日が最終日。高校3年生の息子は連休中ずっと部活動の練習があり、今日だけが休み。昼頃もそもそ起き出してきて、「映画見に行きてえな」と言います。外は強い雨が降ったり、強風が吹いたと思うと急に晴れてきたりという荒れ模様、昨日の続きで庭の草むしりでもしようと思っていたのですが、この天気では無理。「よし、じゃあ出かけるか」となりました。
 
まず何を見るかを検討。私は『宇宙兄弟』が良いんじゃないか?と言ったのですが、息子は「『テルマエ・ロマエ』が面白そうだ」と言います。TOHOシネマズ上田のHPで上映時間を確認すると、『テルマエ・ロマエ』は14:00~の上映回があります。前売りも買ってないし、予約で席も押えてありませんが、まあ座れないこともないだろうと出掛けました。
 
13:10に到着、チケットを券売機で買おうとすると、既に最前列しか並びで空いていません。かなり見難いとは思いましたが、こればかりは仕方ありません。最前列ど真ん中に2席を取りました。
 
さて映画の感想ですが、これから見られる方もいらっしゃるでしょうから、ネタバレ的内容は書きません。しかしこれは、阿部寛の代表作になる映画かも知れませんね。細かな事を気にせずに見れば、充分面白かったです。席がスクリーンに近すぎて、さすがにちょっと首が疲れましたが・・・。
 
そもそもゴールデン・ウィークというのは、映画関係者のPRから生まれた言葉だそうですから、この連休に映画を見るのは正しい過ごし方といえるでしょう(笑)。
 
上映中に、内ポケットの携帯がブルっとしました。見ると母からです。何かあったのか?と思い、場外に出て電話をかけると、「つくば市で竜巻が発生して、かなりの被害が出ているようだ」と。娘がつくばに住んでいるので、大丈夫か?という問い合わせでした。
 
すぐに娘にiメッセージを送ると、たまたま今日は日光東照宮を見に出かけていて、これからつくばに戻るところとの事、友人からの情報で、アパート周辺は現在停電中らしいと聞いたそうです。竜巻の被害が出た場所は、アパートから数キロ以上北のようでした。
 
今日の竜巻、国内で観測された竜巻の中でも、史上最大級のものだったらしいですね。気象による災害として、竜巻というのは局地的ではありますが甚大な被害をもたらす危険な現象です。しかしどこで起こるかわかりませんし、気をつけようがありません。
 
映画を見終わって外に出ると、雨も上がってすっかり快晴です。しかし風が強く気温もそれほど上がっていません。家に戻り西の空を眺めると、もうしばらくは晴れ間が続く気配です。上空の気流が不安定な事は明らかですが、しかし今晩くらいは星を見なくては・・・と思い、望遠鏡の準備をしました。
 
早めの夕食後、金星~土星と撮影をしましたが・・・、真冬以上に不安定な気流でしたね。火星は撮影する気にもなれませんでした。
 
しかし、ようやく今シーズン初めて土星を観測出来ました(あまりに遅いですが)。本体の視直径と同じくらいのシンチレーションがあり、肉眼では殆どカッシーニの空隙を確認する事も出来ませんでしたけどね・・・。
 

成人式

明日は成人の日。上田市では1日早く、今日が成人式でした。
 
我が家では長女が成人式を迎えました。1991年7月生まれです。
長女は諏訪で生まれ、小学校は東京都江戸川区、中学から高校を上田で通いました。現在は
つくば市で大学生活を送っていますが、よくまあここまで無事に育ったものです(笑)。
 
私はバカ親ですが親バカではありませんので、ここに写真などを出す勇気はありませんが、
振袖姿を見て、少々感動もしました。
 
それにしても、息子と違い娘は金がかかりますな。我が家はレンタル着物で済ませましたが、
振袖を買うお宅も少なくないでしょう。何度も着ないのにウン十万円ですからねぇ・・・。
 
いやしかし、私の望遠鏡関連出費の方が・・・。
 
墓穴を掘るだけなので、これ以上考えるのはやめます(笑)。

内示

今日、7月1日付け人事異動の内示があり、長野の本社勤務を命じられました。
 
2008年4月、松本に赴任し3年と2ヶ月。案外短い松本勤務でした。
 
実は私、23歳で前の会社に勤めて以来、初めての長野勤務・・・、いや初めての本社勤務です。
社内では“ザ・サテライツ”の筆頭と言われ、もしかしたら定年まで出先かも?なんて思って
いたものですから、かなりビックリでした。
 
就職以来営業職しか経験してこなかったのですが、今回は全く違う部署になります。
渉外業務はありますが、かなり毛色がちがう仕事になります。果たして勤まるものかどうか。
正直不安は大きいです。
 
しかし嬉しい事もありました。
東京勤務時代の友人や上田時代の仕事仲間たちから、代わる代わる電話がありました。「本社
勤務おめでとう(目出度いかどうかはともかく)。良かったじゃない」と言ってくれます。
 
中には「自宅通勤なら、ゆっくり星が見られるんじゃないの?」なんて言ってくれる人もいましたし、
「また上田で一緒に飲めるなあ」と、既に手薬煉引いている人も。
 
いちばん関心なしというのが、実はうちのカミさんだったりします(笑)。
 
松本での生活も、あと1ヶ月という事です。もう少し松本で頑張ってみたいと思っていたのですが、
勤め人は自分の職場を選べるわけではありませんし、決まったからには新しい部署でしっかり

頑張るしかありません。

文化の日の思い出

「11月3日は文化の日です。今日は、文化の日にちなんだ放送劇『天狗の鼻』をお送り
します」

この第一声で始まった放送は、今から40年近くも昔、まだ電電公社(って言って判る
人も減りましたが)の電話が各家庭に充分普及していない頃、地元の有線電話で流した
ものでした。

有線(と略していました)は、たぶん自治体や農協が出資した会社が運営していたのだと
思います。当時、殆どの家庭に有線(電話)がありました。
当初は○○○回線の△番という番号が、それぞれの家庭の電話機につけられていて、その
回線の家庭(1~9番)のいずれかに電話がかかると、交換手の声で「3番、3番」と、
同じ回線全部の家の電話に付いたスピーカーから聞こえるのです。回線番号は、近所の
家はたいてい同じでした。

忘れもしない、我が家の番号は211回線の3番でした。
休みの日に家族で出かける時などは、隣の家に声をかけて「夕方には戻るから」と伝えて
おくと、留守中にかかった電話に隣家の人が出てくれて「○○さんところは、今日は出かけて
留守ですよ。言付けがあれば聞いておきますよ」てな具合で、どこから何の用事で電話が
あったのか、聞いておいてもらえるという、ずいぶんとおおらかなシステムでした。

電話をかける際も、受話器を取ると交換手が出て、「211回線の3番から、204回線の7番を
お願いします」と伝えるのです。

その後、ダイヤル直通式に電話機は変わりますが、火災発生の連絡や迷子のお知らせなどの
緊急放送の他、自治体からのお知らせなど、毎日何回か電話機のスピーカーから定時放送が
ありました。

その中のプログラムのひとつに『学校の窓』というものがあり、域内の小学校や中学校が
順番に放送を受け持っていたのです。

たしか私が、小学校4年生の9月か10月初め頃だったと思います。
当時小学校の担任だったK先生から、私を含め4人の児童に声がかかりました。『学校の窓』で
流す放送劇を録音するから、放課後残るようにという事でした。

今なら、そんな決め方をしたらPTAが大騒ぎするところですが、いわゆる一本釣りです。
先生もまあ、一番手間のかからない児童を集めて、簡単にやっつけてしまおうという魂胆
だったのでしょう。

『天狗の鼻』という劇の内容は、さすがに記憶が薄れてしまいましたが、文化の日は、戦前は
『明治節』といって祝日であったが、戦後は日本国憲法の公布日として『文化の日』になった。
平和憲法は大切にしなくてはいけないんだ、というような話だったと思います。

出演者は、おじいちゃん役がY君、孫の兄役がT君、弟役が私で、ナレーターがHさんでした。

当時、祖父や父の兄などは『天長節』なんて言っていました。明治天皇の誕生日という事で、
明治時代は祝日、大正時代は平日でしたが、昭和に入って『明治節』になったわけです。

K先生は、しばらく前に亡くなりました。同じ市内に住みながら、結局お会いする機会も
ないままでした。良くゲンコツをもらいましたが、本当にお世話になりました。今の私の
多くの部分は、小学校1~4年生の時の体験から出来上がっているのだと、本当に感謝して
います。

小学校の宿直室で、ソニーのカセットレコーダーを真ん中に置き、戸を開けるシーンでは
入り口のガラス戸を開け、効果音を出す時も色々な工夫をして放送劇を作った事を、なんと
なく思い出しました。
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