1980年代、天文趣味から離れていた時期がしばらくありました。ちょうどハレー彗星の接近が話題となっていた頃でした。そんな話を以前にも書いた事があります。
 
その頃熱中していたのがスキー。
 
高校時代までは、年に数回行けばいいくらいのペースでした。当時のスキーと言えば、足が痛くなるし、つま先は冷たいし、楽しいと思う前に辛さの方が大きかったのです。しかしその後、用具がすごく進歩し、ブーツもとても快適なものになりました。
 
学生時代は金が無く、3年生までは全くスキーをやりませんでした。就職が決まった冬から、なんとなく始めたつもりが一気に深みにはまり、就職してからはほぼ毎週末スキーに出掛けるようになってしまいました。
 
1987年3月、志賀高原でのスナップがあります。25年も昔の写真!
 
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だいたいが“形”から入る私のこと(笑)、まずは用具・用品に力を入れます。参考にするのは、もちろん全日本のデモンストレーターです。雑誌スキーヤーやスキー・グラフィックを読み、技術論そっちのけで用具やウェアを研究します(笑)。
 
まずは板、これは当時の基礎スキーヤーの多くが使っていたオガサカで決まり。ユニティ3です。ブーツは一世を風靡したサロモンのリア・エントリーSX91エキップ、金具は当然ブーツに合わせてサロモン、総金属製の747エキップ。足が折れても外れない(爆!)レース仕様です。
 
ウェアは、テレビ番組『スキーNOW86』で大人気になったスキーヤー、斉木隆選手が使っていたアシックス、上から下まで斉木隆モデルのベスト、デモセーター、デモパンです。さすがにセーターで滑れるのは3月になってから、2月にこの格好では寒くてスキーどころじゃありません。グローブとポールもオガサカ、当時のデモンストレーターの多くが愛用していたモデルでした。猫目のサングラスも流行りましたね。
 
1998年に東京転勤になり、殆どスキーに行けなくなりました。その後上田に戻り、スキーを最後にしたのは長女がまだ中学生の頃でしたから、もう9年も前になりますか。当時すでに標準になっていたカービングスキーを持っていなかったので、レンタルスキーで滑りました。160センチくらいの長さしかなくて、なんじゃこりゃ?と思いましたが、安定性や操作性が別次元の良さでビックリ仰天、さらに用具は兆速の進歩を遂げていたのでした。
 
すっかり浦島太郎スキーヤーになってしまった私は、以来滑っていません。しかし、ふと山の雪を眺めたりすると、「久しぶりにスキーも面白いだろうな」なんて思うこともあります。
 
・・・そうなるとやはり、まずは用具から研究しなくては・・・(笑)。