Across the Universe

天文ブログでスタートしたつもりが、いつの間にかB級グルメブログになり、さらにダラダラ日記に変化しつつあります。

2015年06月

梅雨の中休みに・・・

撮って出し(処理無し縮小のみ)の夕景です。

日中、あれほど暑かったのに、日が沈むと半袖ではいられないくらいの気温に。信州は寒暖の差が大きいのですが、今夜はそれにしても肌寒い感じです。

夕方になっても晴れ間が広がっていたので、夕食後、とりあえず土星の観望だけでもしようとドームに潜り込みました。まずは月面を…、うわ!なんじゃこりゃ?真冬以上にシーイングが悪い!ユラユラの振幅が大きく、落ち着く瞬間も全くありません!

とりあえず西空に集合している金星と木星のランデブーを撮影。

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2015年6月28日20:01 EOS Kiss X3+EF-S18-55mm(50mm F5.6) ISO400 4秒露出

この後、土星を覗いてみましたが、もうムチャクチャなシーイングであんぐり。撮像は早々に諦め、月の全景写真くらい撮っておこうと準備。10枚3セットを撮影して終了です。

早速処理してみましたが、とても掲載できるような画像にはなりませんでした。残念無念であります。

お蔵入りから復活??

もう20年近くも前になるのですが、タカハシ90S赤道儀を一時使っていた事があります。
ニコンの65ミリ用赤道儀のモータードライブを直付けし、脚部は剛性が評判だった前橋至誠堂製の鉄製ピラー仕様でした。その頃、メーカー関係者から借りていたMT-160を載せても、強度に全く不安を感じませんでした。

そんな時、少し長めの焦点距離のレンズで、星雲星団を撮影したいと考え、400ミリクラスの望遠レンズを探していました。当時使っていたカメラボディはニコンとペンタックス。SMCタクマーの400ミリF5.6辺りの安い中古を…と考えていたのですが、MFレンズがいよいよ製造休止に向かう時期で、トキナーのSL400ミリF5.6SDが激安で販売されていることを知りました。当時、トキナーは現在まで続くAT-Xシリーズ(AF)に製品の主力が移行中で、このSLはマニュアルフォーカスだった事もあり、最後は投げ売りに近い価格になったと思います。中野のフジヤカメラで購入したんですが、いくらくらいだったのか、すっかり忘れてしまいました。

SDと書かれている通り、「一応」SDガラスを後群レンズに1枚使用というスペックになっていました。同時期のAT-Xは前玉レンズ2枚のうち1枚がSDガラスだったのに比べれば、まあ画質もさほどのものではないだろうことは想像出来ましたが。

いざ試写してみると、周辺部に大きなコマ収差が出る上、周辺光量も不足気味、さらに言えば色収差の補正もSDガラス使用とは思えない程度のものでした。

結局2~3回使っただけでお蔵入りとなり、以降一度も使用しないままでした。

例年この時期恒例の、吸湿剤と防カビ剤交換のため、自宅納戸の棚をひっくり返していたら、ふと白い箱が目に留まりました。

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あー、そういえばこんなレンズも持っていたんだと、元箱そのままの状態のレンズを奥から引っ張り出し、内部を確認。特にカビもホコリの混入もなく、ソフトケースも含め新品同様のレンズが現れました!

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早速、当時の相棒だったPENTAX MXも引っ張り出し、動作確認をしてみました。

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若干ピントリングのグリス切れを感じますが、通常使用には全く問題がなさそうです。さらに、現在私が使っているデジイチは撮像素子がAPS-Cサイズ、ひょっとして像質が悪化する周辺部を除けるので、もしかするとそこそこ使えるかも?収差による星像の肥大も、見ようによってはソフトフィルターを使わずに輝星を目立たせて見栄えを良くする効果になりゃあしないか?なんて(笑)。

んで結局、PENTAX Kマウント→EFマウント変換アダプターを購入、使ってみる事にしました。

でもたぶん、皆さんのご想像通り、また1回使って「だめだこりゃ!」のお蔵入りへ…という気がしてならないのですけど(笑)。

更にあきれて物も言えない

安倍総理に近い議員たちの勉強会、『文化芸術懇話会』(見たところ、文化や芸術からいちばん遠くにいそうな人たちばかりみたいですけど)で、信じられませんがこんな発言が。

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もはや、何をか言わんや・・・。

百田尚樹氏は、沖縄県の地元新聞2社を「つぶさなくてはならない」とも発言したとか。出席していた複数の議員が話しているようなので、たぶん本当にそう言ったんでしょうね。まあ東京都知事選の時、田母神候補の応援演説に立った時、他の候補者を「人間のクズ」と宣った御仁ですからね。さもありなんと思ったのは私ばかりではないでしょう。ご自身のツイッターでは、「ギャグで言ったのを、壁の外から盗み聞ぎされた」と逃げの一手のようですが、よくまあこんな言葉の軽い『作家』にNHKの経営委員を委嘱されたものですね。

この勉強会に参加した国会議員の皆さんが目指すのは、もしかして『大政翼賛会』設立ですか?治安維持法発令ですか?国家総動員法発令ですか?

憲法第21条
第1項
集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する
第2項
検閲は、これをしてはならない

いやいや、身内の勉強会での発言ですから云々、そんな言い逃れが通用しますか?仮にも国会議員でしょう?自らの口から発した言葉には、全て責任を持って頂かなくてはなりませんね。

もう一点、注目しておかなくてはならない事が。
同日、宏池会系の議員を中心とした勉強会が、官邸周辺からの圧力で中止されていたという事です。つまり、同じ政党内でも、現政権に批判的な意見などが出せないよう圧力をかけているという事です。マトモじゃないですね、既に。

このブログ、政治と家庭の事は書かないブログにしようと思っていたんですけどねぇ・・・。眼を開き、耳をしっかりと傾けて、政治の動きを注視していかないと、「あの時が後戻り出来ないターニング・ポイントだった」と、後世の歴史家が記述するような事態を迎える時が近づいている気がしますよ。

沖縄タイムスと琉球新報が共同の抗議声明を出しています。ご一読下さい。

80年代に入りますと・・・

天文熱がぐっと下がってしまった時期でもあるのですが、80年代半ばからは天文ガイドは『とりあえず買うだけ』という、半ば使命感のみで流れた時期でした。

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学生時代にミザールのAR赤道儀一式を仲間と買って以降、就職してからは機材を揃えるわけでもなく、だらだらと過ごした10年でしたね・・・。

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高橋製作所はタカハシとなり、赤道儀がシステム化されました。その後J~JP~NJPと進む16センチ用赤道儀、欲しかったなあ。そしてベストセラーとなるシステム90赤道儀(90S)、それまでの高橋のデザインと大きく変わったせいか、発売当初はあまり評価が高くなかった気がします。

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GOTOは『スーパー』が取れたアポクロマートと、なぜかセミ・アポクロマートを発売。架台はMARK-X全盛でしたね。

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PENTAXが、本格的にハイアマチュア向け天体望遠鏡に進出して来たのもこの頃です。架台はまだMSシリーズになる前の、イマイチ垢ぬけないデザインでした。クランプに手が届かず、冨田弘一郎先生から「設計者は、実際に天体観測をして欲しい」なんて苦言を呈されていました。

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ミザールに吸収合併される前のエイコー。70年代全国に販売拠点を展開していた、実に元気あるメーカーでしたが・・・。どうやれば構図が決められるのかわからなかった、バランスウエイト軸に取り付けられていたカメラ雲台が、ようやく『使える』位置に移動して来ました(笑)。

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御三家は相変わらず。ダウエルの強気はいよいよ磨きがかかり(笑)、『当社の接眼鏡は、専門家も優秀だと称賛しています』だそうです。

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私が自作した10センチニュートンの主鏡はNTK製でした。当時は日本特殊光機と言いましたが、その後社長の名前をとり中村特殊光機となりました。安かったですが、精度の高い良い鏡でした。

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なぜか巻末に載っていたのが『ハムになろう』(笑)。当時の子供たちには、アマチュア無線やBCLなどもメジャーな趣味だったという事でしょう。

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80年代後半、突然現れたヨシカワ光器。鏡筒内面に施された静電植毛による艶消し黒塗装は、コントラストが高く素晴らしい効果でした。知人が20センチF8の木辺鏡をヨシカワでニュートン反射に組み上げたのですが、まるで屈折鏡のような像質でした。

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NTKと同様、わりと廉価な価格設定でしたが足立光学レンズ製作所のミラーも評価が高かったようですね。抛物面という文字、マニアック!(笑)

この頃まででしょうか、それぞれの製品が輝いていた時代は・・・。90年代に入ると、なぜか新製品が輝いているようには見えなくなり、私は中古でP2赤道儀を購入する事になります。

スカイウォッチャー創刊号

と言うわけで、いつまで続くこのシリーズ。

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学生時代、突如創刊された新しい月刊天文誌『スカイウォッチャー』、表紙をめくっていきなりぶっ飛びました。

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佐藤蛾次郎さんが、ビクセンの10センチ反経(オズマR-100)と70ミリ双眼鏡と共に登場していたのですが、意味不明なクロスフィルター(笑)。中の天体写真は裏焼きに上下逆、広告にはなぜか学習机や背が伸びるっていう怪しいヤツとか・・・。

こりゃ3号雑誌(3号で廃刊になる本)だな、なんて思ったら、その後はフォトコンにどんどん実力者が集まり、仲間内では良い作品が撮れると「こりゃ、ウォッチャーもんだね」というのが合言葉になったくらいでした。

それに合わせ、広告も望遠鏡販売店やメーカーのものに変わりました。某編集長時代の天文ガイドからBORGと笠井トレーディングが撤退、こちらと月刊天文にしか広告を載せなくなったなんて事もありましたねえ。

やはり70年代だ!

古スコネタで続けます。

天文ガイド1976年5月号
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世紀の大彗星となったウエスト彗星の特集は6月号でした。早く編集部に到着したウエスト彗星の写真が表紙を飾ります。

私が天文の世界にどっぷりとはまり込んだのは、まさにこのウエスト彗星を見たからです。あまりにも美しく不思議な姿、撮影した写真が6月号で採用になり、初めて雑誌掲載された事も拍車をかけた一因です。

さて、76年当時の広告を見てみましょう。

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五藤光学がMARK-Xのシステムを展開し始めたのが、まさにこの時期でした。まだコメットトラッカー付き2軸MDは発売されていませんね。比較観望会を開始し始めた時期で、高橋製作所とカートン光学のセミアポ8センチ、ニコン8センチと自社製アポクロマート8センチを五藤の社内敷地に並べ、一般ユーザーに比較してもらうというイベントでした。それらの意見が『賛辞集』というパンフにまとめられ、いかに自社製品が優秀かをPRしていました。ペプシがコカ・コーラを比較広告に引っ張り出すずいぶん前の話です。その手法には、正直違和感を感じました。半数以上の望遠鏡ユーザーを敵に回す危険があり、決して自社製品にもプラスにはならないだろうと、中学生ながら思ったものでした。

MARK-Xは画期的なシステム赤道儀でしたが、それに比較して鏡筒、特に接眼部などは60年代の理科振興法準拠の望遠鏡と何ら変わらない状況で、眼視から写真撮影が中心に変わっていく時代に乗り遅れた気がしました。

さて、当時のメーカーではどうしても避けて通れないのがダウエルとスリービーチ、パノップの『御三家』です。屈折鏡筒の内面はアルミの地色そのままに輝き(笑)、反射鏡筒はピント位置がどこにあるのかわからない。赤道儀はバランスウェイトが全く足りず、バランスが取れるまで追加すると、今度は架台が持たずに極軸がお辞儀してしまうという、とにかくツッコミどころ満載のメーカーでした。あまりの酷さに、星への想いも挫折してしまい、天文趣味をやめてしまった人も多かったのでは?と思います。

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ダウエルのコピーは秀逸です。『創業50有余年の業歴と経験豊富の信用ある本邦最古の専門メーカー』ですよ。日本光学よりも古いの?

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双眼鏡のコピーもふるってます。『50余年の技術が生んだ視野広く明快なダウエルの信頼できるプリズム双眼鏡です。各大学山岳部よりも注文あり好評を得ております』
…もう笑うしかありません。今の時代なら、こんな広告は雑誌社が考査で載せられないに決まっています。まあ、当時は何でもありだったって事ですね。

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スリービーチはこのちょっと前まで、『学生特価』なる二重価格を堂々と載せていました。赤道儀もヒドい造りでしたねえ…。

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パノップの広告を見れば、針金細工みたいな赤道儀に載った、トップヘビーな望遠鏡のオンパレード。マトモに見えたとは到底思えませんね。

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海外輸出が主だったと思われるサテライト望遠鏡(山本製作所)。気になる存在でしたが、いまだに実物を拝んだことがありません。

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巻末近くに毎号載っていた清原光学。カセグレンを『カスグラン』と表記、これはアマチュア向けではないなと、当時思ったものです。隣りにはコダックの103aを販売していたフジ見商会の広告、私が103a-Eを初めて買ったのはここでしたっけ。

この頃、私がとにかく欲しかったのは、高橋製作所のTS式65ミリ屈折赤道儀D型でした。でも中学生には高嶺の花で、とにかく各メーカーのカタログを集め、いろんな情報を集めてばかり。結果、この時代の望遠鏡の知識だけは異常に付いてしまったのでした(笑)。

ちょびっと古スコの話

ここ数年、原村星まつりの会場でも、いわゆる『古スコ』(古い天体望遠鏡)を持ち込んで楽しんでおられる方が増えました。ちょっと前でしたか、ニコン8センチ屈赤と高橋製作所8センチ屈赤を並べていた人もいましたっけ。

子供の頃欲しかったものが、いざお金がそこそこ使えるようになった時、既にそのものは販売されておらず、入手するには中古を探すしかないという状況は、別に天体望遠鏡に限った話ではありませんが、その昔はやはりカメラでしたね。銀塩の時代は、中古カメラには中古カメラの『味』がありましたからね。

さて先日、ブロ友のイッシーさんが記事に書かれた、謎のメーカー3TK望遠鏡の広告を発掘しましたのでご報告します。

広告が載っていたのは、1969年11月号でした。

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問題の3TKは、三東光学センターというのが社名で、所在地は台東区入谷です(シブい・笑)。

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一方、お馴染みのスリービーチは、当時はスリービーチ光学製作所という社名で、当時の所在地は荒川区東日暮里(これまたシブい・爆)。その後、スリービーチサービスセンターと社名表示が変わり、所在地が足立区平野に移ります。その頃、私が最初の望遠鏡で、見事にスカをつかまされたのでした(笑)

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60年代から70年代初めの天文雑誌、広告が面白いですね。また読み直してみて、面白いネタを見つけたらアップします。

今夜の独り飯

明日、諏訪で支社の送別コンペがあるため、昨夜上田に戻り午後諏訪に帰って来ました。

夕飯、どうすっかなあとキッチンの棚を物色すると、賞味期限が近付いたパスタを発見、こりゃ今晩食うしかないなというわけで。

柚子風味の醤油味の和風ソースもあったので、これと一緒に。
長野市にあるスパゲティ店に『納豆スパ』というメニューがあるのですが、私が高校生の頃からありますから、かれこれ40年近くの歴史があるものです。そんな事もあり、和風ソースの時、私はけっこう納豆をスパゲティに載せて食べます。

今日もしっかりと納豆を混ぜ、パスタに載せて頂きました。載せた画は、イマイチ見た感じがよろしくないので(笑)、載せる前の写真ですが。どちらにもオリーブオイルをちょっと垂らしてあります。

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パスタに納豆?なんて思われるかも知れませんが、これ冗談抜きで美味しいです。お試しください。ついでに酒の肴にもなりますし(笑)。
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