Across the Universe

天文ブログでスタートしたつもりが、いつの間にかB級グルメブログになり、さらにダラダラ日記に変化しつつあります。

2015年03月

年度末に思う

弥生3月も今日でおしまい。3月は学校では卒業や転校、企業では異動などで別れの多い季節ですね。

 

私が昨年7月に赴任した諏訪では、この3月に同業他社の諏訪責任者が相次いで異動となり、いつの間にか在任9か月で古株になってしまいました。

 

さて、この時期になると思い出すことがあります。前にも似たような記事を書いた気もしますが、今日はちょっと、私の昔話にお付き合いください。

 

私が通った小学校は、当時はまだ上田市に合併前の町立小学校で、児童数は学年によって差があり、1学年1クラスから2クラスという小規模校でした。戦前、小津安二郎の映画『一人息子』のロケ場所にもなった学校で、当時のままの古びた木造校舎でしたが、木のぬくもりを感じる素晴らしい校舎だったと思います。

 

私たちの学年は1クラスが278名の2クラスで、ひとつ上の学年は30数名で1クラスでしたから、当時の基準だと40名を越えると2つのクラスに分けるという事だったのでしょう。

 

クラスの担任になられたのは、直前までは中学校で音楽の教諭をしていたK先生。細身で背が高く、とてもピアノが上手でした。普通なら学校で習わないような歌、例えば『巨人の星』のテーマソングや札幌オリンピックのイメージソングだった『虹と雪のバラード』などを、教室にあったオルガンで弾きながらみんなで歌ったものでした。下校前には必ず全員で『今日の日はさようなら』を歌ってから帰るというのが決まりでした。

 

普段は優しい先生でしたが、悪さをするとゲンコツが落ちました。今なら体罰と大騒ぎになるのでしょうが、当時の先生は自分の親と一緒、悪い事は悪いと体で覚えさせられるのが当たり前だったのです。

 

今思い返すとK先生が何より重視していたのは、子供たちに体力をつけさせることだったと感じます。まだ梅雨に入る前の肌寒い時期、毎年プール掃除は私たちのクラスの仕事でした。デッキブラシで冬の間にたまった藻をこすり落とし、きれいになったプールに水を張ったら、どのクラスよりも先に水泳の授業が始まります。逆飛び込みも1年生からやらされました。出来ない子は、先生が最初は抱いてプールに投げ込み、水に慣れたらプールサイドに立たせて足をすくい上げて落とすのです。否応なく、全員飛び込みが出来るようになりました。スパルタ教育を地で行く授業(?)でしたね。カリキュラムなどほぼ関係なく、プールが空いている時間は教科を変更して水泳になりました。他の学年に比べたら、たぶん倍くらいの時間泳いでいたと思います。


体育だけでなく、授業をつぶして半日山歩きでキノコ採りなんて事もありましたね。


冬になると、今度はスケートです。毎日1時間目(氷が融けない時間)は、だいたいスケートでした。学校の裏の田んぼに水を張ったリンクで、良く滑ったものでした。

 

4年生になった時まで、K先生は6年間担任を続けてくれるものだと、私は勝手に思い込んでいました。3月に入った頃、先生が「みんな入学の頃に比べたら大きくなったなあ。どのくらい大きくなったか比べるのに、写真を撮ろう」と言いました。K先生はペンタックスの一眼レフを持っていて、遠足や学芸会、運動会などの学校行事の写真を良く撮ってくれていましたから、別段変わった事でもないので、気に留めなかったのです。

 

校庭の滑り台のところに行き、名簿順に滑り下りてきます。途中で止まって、先生と握手をしているところをセルフタイマーで撮影するわけです。私は46日生まれなので、名簿の1番でした。要領がつかめないまま写真撮影が終わり、「写真がもらえるのはいつかな?」なんて思っただけでした。

 

そして終業式の日、式が終わる前に、異動する先生の発表が校長先生から発表されました。するとそこにK先生も含まれていたのです。全く予期していなかったので、驚いたというより事態が呑み込めなかったというのが、その時の心境でした。

 

教室に戻り、先生から初めて転勤の話を聞きました。隣町の中学校の音楽の先生になるという話でした(これには後日談があります。私が高校に入学した時、その赴任先の中学でK先生が担任したクラスの卒業生と同級生になったのです)。クラスのほとんどの子が泣き出してしまいました。通知表を一人一人に手渡しながら、頭をなでてくれましたが、私はただただ泣いているばかりで、ちゃんとお礼も言えませんでした。

 

その後、先生にお会いしたのは中学校の頃に一回か二回しかありませんでした。毎年、年賀状のやり取りはありましたが、先生からの年賀状は達筆な筆字で、いつもひと言激励の言葉が書かれていました。就職して上田に戻った時、そして結婚してから転勤を何度か繰り返して上田に戻った時、一度挨拶に伺いたいと思っていたのですが、車で10分ほどの場所に住まわれていたのに、結局その機会がありませんでした。

 

ある年、いつも届くはずの先生からの年賀状が送られて来ませんでした。後から友人(中学で担任だった、高校の同級生)に、その前年に先生が亡くなられたと聞き、なぜお元気なうちに会いに伺わなかったのかと、とても悔みました。ひと言だけでも、しっかりとお礼を言いたかったのです。

 

子供の頃、私は、K先生は誰からも尊敬されている先生だと信じて疑わなかったのですが、あとから聞いた話では、何人かの保護者からは「うちの子供は、家ではちゃんと勉強が出来るのに、なぜ学校に行くと出来ないと言われるのか?」という様なクレームを言われていたようです。私に言わせれば、その子の出来が悪い上に親の出来も悪いというのが正直なところですが、今も昔も、教師にはそういう苦労が多かったのですね。今でいうモンスター・ペアレントでしょう。

 

昭和ひと桁生まれだったK先生は、戦時中のご苦労も多かったせいか、ご自身が体験したような辛い思いを私たちにはさせたくなかったと強く思われていたようです。国語の副教材や読書の選書には、戦時中の事を書いた物が多くありました。良く覚えているのは『とらちゃんの日記』です。疎開とか食糧難とか、戦後20年を過ぎて「あれはもう昔の事」という風潮がどこかにあったからだと思います。

 

明日からは4月、新年度のスタートですね。

VENUS & MARS + MOON AGE2.7

今日は西空に月齢2.7の月と金星がランデブー、そのわずか下には火星も見えるという、賑やかな夕暮れでした。アパートの玄関から慌てて撮ったので、電線が邪魔になっちゃいましたが仕方ありません。

火星はさすがにちょっと見難いかも知れませんが、右下の電線のすぐ上に赤く小さな輝きがあります。

イメージ 1
2015年3月23日18:43 Canon EOS 7D EF-S15-85mm F3.5-5.6(50mm F5.0)
ISO400 Tv1.3S

さすがに火星との距離がありすぎて、ちょっと散漫な雰囲気だったので、月と金星をアップにしてみました。

イメージ 2
2015年3月23日18:51 Canon EOS 7D EF70-200mm F4L IS USM(115mm F5)
ISO400 Tv2S

もう少し夕空の色を残したかったのですが、ちょっと撮影時刻が遅くなりすぎましたね。

天体写真ネタが続くなんて、本人もビックリの記事でした(笑)。

ようやく木星撮影(*´Д`*)

衝を過ぎてから、今シーズン初撮影と言うのもなんですが…。

昨夜、ようやく木星の撮影が出来ました。空全体がモヤっていて、透明度はかなり悪かったのですが、シンチレーションはチリチリとした感じで、輪郭が大きくゆがむことはありませんでした。しかし、やはり靄が影響しているのか、ピントが今ひとつピリッとしませんでしたね。3×バローではボケボケで、どうにもなりませんでした。私的にはここまで強くウェーブレットをかけるのは好みではありませんが。

初荷と言う事でご笑納ください(爆)。

イメージ 1
2015年3月21日20:49 MT-160 2×バローレンズ ToUcam Pro(IR CUT)RegiStax5.1にて900フレームスタック EM200 Temma2Jr 150%リサイズ

イオが写っていますが、このすぐ外側にガニメデとエウロパもいたので、センター外しの構図も有りかなあと思いながら、結局これしか撮りませんでした。

懐かしい写真

自宅で書棚を整理していたら、2Lサイズの入るフォトアルバムが出て来ました。入っていたのは、前の諏訪勤務時代(1991~1998年)の天体写真などです。

イメージ 1

まずは第2百武彗星(C/1996 B2)。ちょうど北斗七星を跨いでいるところですね。確かこれは、友人と諏訪地区を車で走り回り、雲の切れ目を探して写したもので、撮影場所はすぐ脇を中央自動車道が通っている公園でした。とにかくデータノートが行方不明な上にネガも見つからず・・・。引越しを繰り返していると、いろんなものがどこかに仕舞い忘れになってしまいます。捨ててはないはずなので、そのうちまた出て来るでしょう。撮影時期は96年3月でしょうね。

イメージ 2

もう一枚、これは乗鞍岳に遠征して撮影したものだと思います。M20とM8ですが、当時はP2赤道儀しか持っていなかったので、たぶん完全放置ガイドだと思います。フィルムは、発色からするとコニカGX3200ではなかろうか?と思うのですが、定かではありません。

デジタルに移行して、機材は当時に比べて飛躍的に性能が向上しています。ガイドシステムもしっかりとしたはずですが、真面目に取り組んでいないせいか、このところちゃんとした写真が残せていませんねえ・・・。年齢的な事もあるんでしょうが、どうも気力が充実しないのです。びしっと酒絶ちでもすれば変わるかな?いや、絶てるわけがないな、やっぱり・・・(苦笑)。

行きます

昨年5月の国立競技場、青山門の前でまさかの公演中止を知らされたポール・マッカートニーのライブ。あの日、私は「たぶん来年春頃までには、必ずまた来てくれるだろう」と思いつつ、東京駅近くでの残念会を開催、ビートルズ&4人のビートルの曲縛りで、深夜までカラオケ大会。悔しさを紛らわせたのでした。

「近いうちに、必ず日本に行くよ」と、ポールがインタビューに答えたというニュースが流れて以来、例によってあらゆる手段(人には言えないようなのも)を使ってでも、必ずチケットを入手するぞと意気込んでいました。

公演スケジュールが発表されてすぐ、仕事との折り合いを考えると4月25日(土)しか行ける日はないと見定めました。とにかく25日、多少場所は悪くてもいいからGETしようと決めたのです。

そして知人たちのおかげで、なんとかチケットを取る事が出来ました!

イメージ 1

残念ながらアリーナ席は取れず、1塁側1階席ですが、まあ今回はそれでも良しとします。一昨年11月のようにAブロックの前から13列目なんていう場所は、はなから無理だと思っていましたので。ポールのステージは、ピアノが上手にあるので、けっこう1塁側は良いかも知れません。まあ、後ろ姿になっちゃいますけどね。

知り合いの何人かが、やはり同じ日にチケットを取れたと聞いています。皆さん、思い切り楽しみましょう!

清里の思い出

今日は仕事の打ち合わせのために、清里のペンションへ。
言われた住所をカーナビに入力すると、なんとピンポイントデータが無いと来ました。しかも、おおよその位置として出たのが清泉寮(笑)。そこならナビなしで誰でも行けるでしょ?

結局、打ち合わせの相手に電話を入れて、国道まで出て待っていてもらいました。今のオーナー夫妻が買い取り、来年あたりにオープン予定というペンションの庭で、お茶を飲みながらの打ち合わせでした。風もなく穏やかな日で、陽射しも暖かかったです。

さて、清里というと思い出す事があります。

大学時代、体育会弓道部に所属しながら、星好きの仲間5人で立ち上げた『天文研究会』というのがありました。夏休み、天文研で合宿をやろうという話になり、みんなで「場所、どこにする?」という話になりました。真面目なクラブなら野辺山あたりという話になるところが、「やっぱり清里だろうな」という事になったあたりが、我々の意気込みが感じられるというものです(笑)。

1980年代初めの清里は、駅前にはメルヘンチックな建物が立ち並び、とてもじゃありませんが静かな高原の町という雰囲気ではありませんでした。

イメージ 1

駅舎がこんな地味だったかどうか、記憶が定かではありません。機材を積んで、車でキャンプ場に直行してしまったため、あまり駅の記憶がないのです。その昔、小海線で使われていたものなのか、C56が静態保存されていました。

イメージ 2

合宿は悲惨でした。2日間、ずっと雨にたたられ、テントの外に出る事もままならず、食事のたびに泥だらけになるという感じでした。管理事務所にタバコを買いに行ったら、当時150~180円だったと思うのですが、セブンスターが200円くらいで売っています。管理人さんに「タバコを定価以上で売っちゃいかんでしょ?」と言うと、「ここまで運んでくる経費がかかっているのだから問題ない」と言って相手にしてくれませんでした。カップ麺も缶飲料も、ずいぶん高い価格で売っていましたっけ。当時のホスピタリティの無さを物語るエピソードですね。今なら、SNSあたりで即、叩かれていた事でしょうが。

結局、全く星を見る事が出来ないまま合宿は終了。それでも、せっかく清里まで来たのだからお土産くらい買って帰ろうという話になったのですが、風呂にも入っていない上に雨で泥だらけだった私たちを、当時駅前に並んでいたお土産屋さんの店員さん達が、あからさまにいやな顔をした事を思い出します。

周囲は、原宿あたりを歩いていそうな若い女の子たちや、いかにもっていうカップルでいっぱいでした。みんな無言になり、群馬ナンバーの中古車に乗り込んで高崎に向かって帰路についたのでした。

以来、あまり清里に良い思いを持っていませんでしたが、場所によっては景色も良いし、星撮りが出来そうな場所もありそうですね(あまりフォローになってない)。

電源復活作戦

諏訪のアパートに持ち込んだSP-DX赤道儀は、K-ASTEC製の両軸モータードライブ仕様に変えてあり、駆動は12Vです。GPの方は9Vで単1乾電池6本を電源にしているのですが、さすがに単2電池8本の電池ケースで使うのもなあと考えていたところでした。

イメージ 1

2002年にMT-160SEと一緒に購入したDC電源SG-1100は、さすがにバッテリーが逝ってしまっており、丸1日かけて満充電しても30分と保たずにLOWのランプが点灯してしまいます。そこで内臓バッテリーを交換して使おうと思い立ち、先日東京出張の折に秋葉原電気街へ出かけました。

元々の仕様は12V7Aの密封型鉛蓄電池が電源です。最近はめちゃくちゃ安いもの(1,600円前後)なんてのもあるのですが、安いバッテリーはヘタリも早い事はマイカーで経験済み。多少高くてもユアサのバッテリーにしようと思っていました。

事前に秋月電子のWEBで、GSユアサ(台湾製)12V7.2Aが5,400円で売られている事を確認しお店に伺ったのですが、秋葉の店舗では品切れでした。行く前に電話で確認しておけば良かったです。安い同スペックのバッテリーは置いてあったのですが、まあとりあえず近所のお店を回ってみる事に。

イメージ 2

すると、現在はユアサのカタログ落ちしている12V7Aのバッテリーの在庫があるお店を発見、値段は6,980円でした。昨年頃まで、Amazonで10,000円で売っていたものです。さて困りました。この金額を出せば、近くのホームセンターでSG-1000の新品が買える価格です。どうしようかしばらく悩んだのですが、まあしかし、せっかくここまで来たことだし、重たいお土産を買って帰ろうかと決めました。

イメージ 3

さて、工具と老眼鏡(苦笑)を準備してSG1100を分解しようと裏を見たら、なんと固定ネジが8本!いくらなんでも多すぎでしょう。ドライバーを回しているだけで疲れちゃいました。

イメージ 4

開けてビックリ!中に入っていたバッテリーは、本体裏のスペック表とは違う12V7.2Aの(ちょっと安い方の)GSユアサ製バッテリーでした。なんだよ、看板に偽りありじゃねえか!と憤慨しつつ、指が痛くなるほど重たい思いをして持ち帰ったバッテリーに交換しました。

イメージ 5

こまめな充電を忘れなければ、これで数年は快適に使えるはずです。

CHINON Bellamiによる月撮影

前回、取引先から依頼を受けた月の動画撮影について書きましたが、その機材というのは、昨年の星まつり前に記事に書いた、レンズ交換が可能でマニュアル露出が出来るチノンBellami HD-1の事でした。

搭載された撮像素子の大きさから考えて、月の全景を撮影するには、35ミリカメラの200ミリ望遠クラスがちょうど良いという事がわかりました。そこでタクマー200ミリF4を入手したのですが、小型の本体側で雲台に固定するだけでは、非常にバランスが悪く、とにかくちょっとした振動が伝わってしまいます。レンズ側にも固定出来るシステムを考えれば良いのですが、たとえば長いアリガタを用意して、レンズをY字型のサポート金具を自作して取り付けようかと考えていました。

イメージ 1

写真は135ミリレンズを取り付けたところで、下にあるのが200ミリです。固定は本体下部のグリップ取り付け用の1/4インチネジのみ。どう考えてもトップヘビーです。

Bellamiには、プラクチカマウントのアダプターの他、CマウントとCSマウントのアダプターが用意されており、そこでピカリと閃いた事が。

EOSマウントをCマウントに変換するアダプターが確かあったはず。それにEF70-200ミリF4を付ければ、レンズ側で雲台に固定が可能になります。探して見るとAmazonで売っているのを発見、早速入手しました。

イメージ 2

しかしよくよく考えてみると、EFレンズは絞りリングがありません。そうか、そこが一番のネックだったかと思った時には、既にブツが届いてしまいました。さすがAmazon、発送が早い早い!(笑)こうなると、とりあえずビデオ本体のISO感度、シャッタースピードで調整出来る範囲での撮影となります。上弦より明るくなった月は、ちょっと難しいかも知れませんね。

とりあえず、月齢の具合を見て、またテスト撮影をしようと思っています。
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