Across the Universe

天文ブログでスタートしたつもりが、いつの間にかB級グルメブログになり、さらにダラダラ日記に変化しつつあります。

2011年03月

外一(そといち)でございます

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そば処 岳家(たけや) 鴨つけそば(中盛)1,500円
 
松本市芳川小屋の『岳家』さん。
蕎麦粉十に対してつなぎ一の、外一(そといち)で蕎麦を打っているお店です。
 
お店の評判は前から聞いていて、一度伺いたいと思っていました。
先日、ようやくお邪魔する事が出来ました。
 
初めてのお店では、まずもりそばを頼むようにしているのですが、たまたま伺った日が
寒かった事もあり、鴨つけそばをオーダーしました。
 
もりそばには並盛・中盛・大盛・特大盛とあるのですが、鴨つけには中盛までしかありません。
まあお願いすれば大盛にも出来るのでしょうが。
お店の方に「量はありますか?」と、かなりアバウトな質問をすると、「中盛でもわりと多い
方だと思います」との事でしたから、「では、中盛で」。
 
つなぎが少ないので、けっこう柔らかめな蕎麦かな?と思っていましたが、冷水でキュッと
締めた蕎麦は舌触りも良く、コシもあります。
 
鴨汁はなかなか濃厚。樽仕込醤油や鰹節など、かなりこだわった食材をつかっているそうです。
惜しむらくは、もう少し汁が多いほうが良かったという事。蕎麦を漬けるうちに、すぐに冷めて
しまうのです。最後まで暖かい汁で食べられたら、もっと美味いと思います。
 
一緒に行った同僚はもりそば大盛を食べたのですが、そばつゆが辛めで美味かったとの事。
次回は私も、もりそば大盛でいこうと思います。

防御率108

春の甲子園も、いよいよ明日にはベスト8が出揃いますね。震災で大変な被害を受けた宮城の
東北高校、やはり練習不足が原因だったのでしょう。全力は出し切ったとは思いますが、実力は
発揮し切れなかったようで残念でした。
 
それにしても、開会式での創志学園・野山主将の選手宣誓は素晴らしかったですね。素直に感動
しました。
 
 
私が子供の頃、遊びといえば三角ベースの草野球でした。男の子はみんなグローブを持って
いて、同じ地区の子供達が公民館の庭に集まっては、三角ベースをやっていたものです。
 
私の通った中学には野球部がありませんでした。私は剣道部に入っていましたが、サッカー部に
いた同級生が仲間を集めては野球をしていました。クラス内で9人集めて、他のクラスに
「今度の日曜日、野球やらない?」と誘いに行くのです。
 
終わった後は、学校正門前にあった食堂に寄り、ラーメンを食べて帰るというのが楽しみでした。
 
高校に入学し、クラブは天文気象班に入りました。さすがに硬球で野球をする度胸はなく、
天文班の仲間と校庭の隅でキャッチボールをよくやりました。これが校庭を使用している
野球班やハンドボール班にはすこぶる評判が悪く、「某レジャークラブが練習の邪魔である」
なんて学校新聞に書かれたりしました。
 
3年の夏、甲子園県予選の時は、クラスの仲間達と自分の高校を応援するために、長野市の
球場まで出掛けたりもしました。野球は、見るのもするのも大好きだったのです。
 
県大会敗退後、野球班の連中が手持ち無沙汰になったせいか、クラスの中で野球をやろうと
いう話になりました。休みの日に校庭を借り、他のクラスと野球をやろうというわけです。
文化祭の当日早朝にも、隣のクラスと野球の試合を組んだりしました。
 
ある時、我々8組が5組と野球の試合をやった時の事です。
 
「たまにはピッチャーをやってみるか?」と、野球班のキャプテンだったT畑君が私に言い
ました。「おう、やらせてくれよ」と言うと、「じゃあ今日の放課後から投球練習だ」と言う
のです。その日から試合当日まで、放課後にブルペンで投球練習を始めました。
 
にわかピッチャーですから、ストレートとションベンカーブ(失礼)程度の球種しか投げ
られません。でもまあ、高低・内外を投げ分けて2つの球種でいこうという話になりました。
キャッチャーはT畑君で、サインも決めました。
 
さて、いよいよ試合当日です。なんと私が先発。最初のバッターは見逃し三振に取ったものの、
2番3番とフォアボール、4番にヒットを打たれ1点を先制されてしまいました。
 
ランナー2人を置いて迎えるバッターは、中学時代野球部で4番を打っていた男。T畑から出た
サインはカーブ、私が首をかしげるとタイムを取ってマウンドに駆け寄って来ました。「バカ!
首を傾げたらストレートじゃないってバレるだろ!サイン通りに投げろ」と言うわけです。
 
戻って出したサインは、やはりカーブ。「頼むから曲がってくれ」と祈りながら投げたボールは、
肩口からドロンと曲がるド真ん中の打ちごろボールになりました。
 
スパーン!と良い音を残してレフト方向に飛んだ打球は、レフトの頭上を越えてあっという
間にフェンスの上を飛んで行きました。軟球があんなに飛ぶとは思いませんでした。
 
スリーラン・ホームランorz
 
そこで内野が集まり、「次は誰が投げる?」という話に。「ちょっと!塁が空いたんだから、
続投させてくれよ!」と言いましたが、「ファーストに入れ」・・・。
 
結局、1アウトを取っただけで自責点4。防御率を計算したら・・・、108!!除夜の鐘かい!
煩悩の塊のような高校時代、ちゃんと結果が出ましたね(笑)。

春は名のみの

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安曇野より常念岳を望む
 
春は名のみの風の寒さや
谷の鶯歌は思えど
時にあらずと声も立てず
時にあらずと声も立てず
 
安曇野の春を歌ったとされる『早春賦』の1番です。
日本PTA全国協議会が選んだ日本の歌百選にも選ばれていますね。
 
金曜日の夜から土曜日にかけて、長野県中部でも雪が舞いました。今週末には4月になる
というのに、いつまでも気温が上がりません。
 
季節の移ろいとは、そういうものなのでしょうが、東北関東大震災で被災された方々には、
この寒さがどれだけ大変な事でしょうか。燃料不足はまだまだ改善されていないようです。
首都圏の電力不足にしても、根本から解決出来ないまでも、暖房に電力を使用しなくて済む
気候になれば、停電の頻度も減るでしょうね。
 
そんな事を思いつつ、いつもと変わらぬ姿の常念岳を見上げました。

国産だそうで

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ケンコーKDS 63-800鏡筒(ビクセン6×30ミリファインダー付)
 
今どき口径60ミリクラスの屈折望遠鏡など、まさに“豆鉄砲”ですが。
 
かつて冨田弘一郎先生が書かれていましたが、60年代以降雨後の筍のように誕生した国内の
天体望遠鏡メーカーの多くは、自社でレンズを研磨する設備を持っていませんでした。自社で
光学ガラスを研磨していたのは、日本光学(現Nikon)と五藤光学くらいで、アストロ光学も
ミザールやカートン、エイコーなども、浜松の堀口光学というところで研磨したレンズを
使っていたとの事。
したがってメーカーが違っても、対物レンズの基本性能には大きな差が無かったという話です。
 
ウワサの域は出ませんが、研磨皿の端の方で磨かれたレンズが、ダウエルやパノップ、スリー
ビーチなどの望遠鏡に使われたんだとか。それって昔、カセットテープの2流メーカー製は、
幅広の磁気テープベースを切る時に、端の方を使っているから安いんだなんて言われたのと
同じような話ですね。
 
今や屈折望遠鏡は超色消し(アポクロマート)レンズが当たり前で、標準口径は100ミリ。
60ミリの色消し(アクロマート)レンズなどは、FL700ミリ以上の物はその昔の製造在庫か
中国製だけで、国内には研磨皿も既に存在しないなんて話も聞きましたが、突如ケンコーから
『純国産』を謳った望遠鏡が登場しました。
 
初めて見た時の感想は、「どこかで見たような?」(笑)。
 
ピント調整はBORGのヘリコイドにソックリですし、鏡筒バンドもBORG80ミリ金属鏡筒用と
同じもののようです。ファインダー取り付け部は、今や世界標準の感があるビクセンのアリミゾ
同規格です。付けてあるのは、ビクセンの6×30ミリファインダーです。MADE IN JAPANと
誇らしげに書かれた金属製銘板。
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全体の造りは実にしっかりとしていて、あの悪名高き粗悪望遠鏡『ナ○カ』を販売している
同じ会社の製品とは思えません。大手の光学ガラスメーカーのグループ企業であるケンコー
ですから、レンズも自社(グループ)製という事でしょうか。ヘリコイドはガタも無く、大変
スムーズな動きです。
 
レンズはフルコートですが、カメラレンズのようなマルチコートではなさそうですね。鏡筒内の
艶消し黒塗装もしっかりとしています。
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さて、肝心の見え味ですが・・・、
 
実はまだ星を見ていないのです。オルソやケルナーといった、オーソドックスな設計の接眼
レンズを使うと良さそうですが、ファーストライトは4月になってしまいそうです。
 
追記
コメントをお読み頂ければわかりますが、シュミットさんから63-540はレンズまで含めて国産で、
63-800は鏡筒が国産だと教えて頂きました。ありがとうございました。
 
重量の事を書きませんでしたが、このクラスとしては非常に重いです。“実が詰まってる”的
雰囲気で、けっこう高級感があります。

違和感

自宅のHDDレコーダー(2005年東芝製)がフリーズしてしまい、全く使用できなくなって
しまいました。
 
そのまま置いておいてもしかたないので、とりあえず修理に出す事にしました。購入した店
(ヤ○ダ電機)に持っていくと、どうも店の中が暗い。見れば蛍光灯が半分以上消されて
います。レジの前には、「今回の震災により電力不足のため、節電しています云々」の表示。
 
確かに東北電力と東京電力は、多くの発電所が被災して電力不足を起こしています。しかし、
ここは中部電力のエリアではないか。電力が不足していることは全くないはずです。店の
対応には、非常な違和感があります。中電エリアでは、電力不足などないじゃないですか!
 
もちろん、周波数変換施設では、連日変換能力最大限の電力供給をしています。これ以上50Hz
への変換は、現状では出来ません。
 
それにも関らず、なぜこのような張り紙をしてまでポーズを取るのか?たぶん、ですが、お客の
中には「被災地では電気も通らず大変な思いをしているのだから、このようなムダはやめる
べきだ」というような意見を言う人がいるからでしょうね。
 
しかし必要以上の消費抑制は、経済活動の一層の低下を招きますよ。電力事情が悪くない場所
では、普通に電気を使って生活をすべきなんじゃないですかね?無駄に電気を使う必要など
全くありませんけどね。
 
修理も依頼しましたが、蛍光灯の暗さ(これ見よがしの企業姿勢)に腹が立ち、予定を変更して
ブルーレイレコーダーを購入しました。使える金は使って、消費できるものは消費して。
 
例えば、被災地に衣類を送るとします。着ないものを選んで送るだけではなく、新しく衣類を
購入し、結果として(自分としては)着なくても済むようになったものを送る方が、より消費が
増える分、効果的だと思います。
 
大変な時だから・・・、でみんなが静かにしちゃったら、余計に元気がなくなってしまうんじゃ
ないでしょうかねぇ?
 
おっと、買占め買いだめを奨めているわけじゃないですよ。お間違いなく!

太平洋の奇跡

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太平洋の奇跡 ~フォックスと呼ばれた男~ 2011年東宝映画
 
午前中の仕事が早めに終わり、昼過ぎから時間が出来ました。夜、諏訪で友人と飲む約束までの
間、久々に映画を見ることに。
山形村のアイシティ・シネマで、『太平洋の奇跡 ~フォックスと呼ばれた男~』を見ました。
 
竹之内豊主演のこの映画は、サイパン島で日本軍最後の総攻撃後、512日に渡って民間人200人と
共に米軍の攻撃を跳ね返し、残った47名の兵士を指揮して戦った大場栄陸軍大尉の実話を
映画化したものです。
 
原作は「タッポーチョ 太平洋の奇跡『敵ながら天晴』大場隊の勇戦512日」というアメリカの
作家ドン・ジョーンズ氏の小説。ジョーンズ氏自身、アメリカ海軍海兵隊の一員としてサイパンで
戦った人です。
 
かなり期待して見たのですが・・・。
 
最後の総攻撃後、タッポーチョ山にこもり、民間人を保護しつつ米軍の攻撃を何度も退けた
大場大尉指揮下の陸海混成部隊の戦いが、あまり描かれていませんでした。512日もの間、
険しい山の中で戦い続けた苦労が、今ひとつ描ききれていなかった気がします。
 
しかし竹之内豊演ずる大場大尉は、まさにLAST SAMURAIの雰囲気。今の俳優で当時の軍人を
演じた中では、平成の時代ではピカイチでしょうね。
 
終戦を知りつつ、帝国軍人としては自らの意思で降伏するという選択肢を持てない。しかし
部下を無駄死にさせたくない。その葛藤をもう少し描けていればと思います。フィリピン
ルバング島で終戦後29年間も戦い続けた小野田寛郎少尉と同じく、軍指令の命令があれば
投降・武装解除に応じると大場大尉は米軍に言います。
 
1945年8月15日の終戦以降、11月27日まで戦い続け、パガン島守備隊指令天羽馬八少将に
よる戦闘中止命令を受け、隊列を組みタッポーチョを下りる事になります。
 
その間に描かれる日米双方の兵士の気持ち。集団の中では私を捨て、一心に戦う日本軍兵士も、
独りになった時には家族への思いを抑えられずに慟哭してしまう。一方の米軍兵士もまた、
JAP!」と叫びつつも、心の中は純朴な、どこにでもいるような青年なのでした。
 
戦後66年、なぜ今この物語が?
 
今の日本人が忘れているものがあるのではないでしょうか?私利私欲を捨て、行動しなくては
ならない時があるという事を。命の重さが、今とは比べようも無いほど軽かった時代を肯定する
気など毛頭ありませんが。

優先順位

東北関東大震災から5日、多賀城市に住む大学の同期I君から電話が来ました。昨日、同期の
T君からのメールで、I君とその家族が無事だと聞いてはいたものの、実際に声を聞いて安心
しました。
 
聞けば彼の家の100メートル手前まで津波が押し寄せ、その先はまさにテレビで見るような
完全破壊された世界が広がっているのだそうです。彼は仙台市内の職場で被災し、その夜から
職場に段ボールを敷いて宿泊する状況になっていたそうで、「まさかこの歳で、段ボールの
布団で生活する事を経験するとは思わなかった」と言っていました。
 
週末に家に戻り、暖房は無いものの布団で眠る事が出来、「被災地でも布団で眠れるのは上の
上の方だ」と言います。
 
今、何が大変か?と聞くと「燃料が無い。ガソリンが買えない。市内のスタンドは全て売り切れ
状態で、どんなに並んでいてもガソリンが入れられない」のだそうです。スーパーやコンビニも
商品がほとんど無く、欲しいものを買いたくても何も買えない状況だそうです。物流のラインが
破壊され、品物が被災地に届かない状況が続いているのです。
 
物を運ぶルートが確保されても、運んだ後に戻る時の燃料が確保出来ない状況では、運送業者も
被災地に物を運べません。まずは燃料の安定確保が最優先です。
 
金はあっても、買うものが無い。とにかく燃料や生活必需品を買える状況になっていない事が
つらいと言います。
 
津波被害の悲惨さを伝える事もマスコミの重要な使命ですが、被災後は被災地で不足する物資の
状況やその調達方法について、もっと報道してあげなくてはならないんじゃないでしょうか。
 
本当に厳しい状況が、これから先まだまだ続くでしょう。「とにかく、元気を出して頑張って」と
電話の最後に言いましたが、可及的速やかにこの状況を改善しなくてはなりません。
 
困ってもいないのに食品を買い溜めしたり、携行缶にまでガソリンを買い込むような事は、被災地
以外の人たちは謹むべきじゃないですか。

なぜだ?!

ガソリンスタンドに車が並び、道路にまではみ出しているところが多く見られます。
知人からの電話で、トイレット・ペーパーや洗剤が売り切れるから早く買った方がいいと。
 
なぜ???????
 
地震の影響を受けなかった地域なのに、みんな地震前よりも多く車を運転しなければならない
理由でもあるのですか?地震前よりも頻繁にトイレに行くのですか?頻繁に洗濯をしなくては
ならない状況なのですか?
 
おかしかないか?
 
水も自由に飲めない、食事も満足に摂れない。財産を一切失ってしまい、本当に困っている
人たちが何十万人といるこの時に、おかしくはないか?
 
こういう時に、人間の本性が透けて見えるものですよ。
 
ちょっとくらいの不自由や我慢、出来るものならしましょうよ。
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