Across the Universe

天文ブログでスタートしたつもりが、いつの間にかB級グルメブログになり、さらにダラダラ日記に変化しつつあります。

2010年06月

夢は夢だから夢なのか?(なんのこっちゃ?!)

ふと、立ち止まって考えました。
 
子供の頃抱いていた夢、覚えていますか?
 
実は私、夢らしい夢を持った事がない気がします。
私は子供の頃から妙にヒネた考えをしていて、自分程度の人間が成せないと思える事を
夢に持つ事がなかったのです。
 
そこそこの会社に勤め、そこそこの給料をもらい、そこそこの家を持ち・・・。
どう考えても、既にこりゃ夢じゃない。
 
例えば、今の夢を考えてみると・・・、
 
一度くらいは、ベンツとは言わないけどBMWとかアウディあたりに乗ってみたいとか、
夜空の暗い場所に、別荘とまではいわないけれど観測所が欲しいとか、
上位機種のデジタル一眼が欲しいとか、
KTWの九九式軽機が欲しい(妙に具体的ですが)とか、
 
・・・みんな買っても2,000万もあれば済んじゃいますよ(って、もちろんそんなお金は
持ち合わせていないですけどね)。
 
要はお金さえ準備出来たら、それでオシマイって事です。
 
なんだかなぁ・・・。妙にしんみりしてしまいました。
 
50近くなれば、更に夢など萎むものでして。
本当はそんなショボい夢ではなく、もっと大きな夢をみたいものです。
 
いやしかし、金で買えない“夢”ってなんだろう?
 
 
 
 
・・・やはり“愛”かな??

レコードコンサート

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WITH THE BEATLES  THE BEATLES(STELEO REMASTER)
 
何度も登場する“WITH THE BEATLES”ですが。
 
中学校の時、生徒会文化部主催のレコードコンサートというのが年に1~2回ありました。
文化部が行う行事の中でも、比較的生徒にも人気が高いイベントでした。
 
事前に生徒からリクエストを募り、人気の高い曲を選曲してレコードを集めるのです。
当時人気だった桜田淳子や山口百恵の歌謡曲などはあまりかからず、イルカや風、南こうせつ
といったフォークシンガーの曲が多かった気がします。
 
不思議だったのは、毎回“PLEASE MR. POSTMAN”がかけられる事でした。
本家のマーベレッツでも当時人気のあったカーペンターズでもなく、なぜかビートルズ版
なのです。
 
ビートルズといえば、YESTERDAYとかLET IT BEとか、特にビートルズに興味のない人でも
知っている曲がリクエストされるのであれば、それは理解できるのですけどね。
 
何で“PLEASE MR. POSTMAN”なの?と、当時思ったものです。
 
いや、私はこの曲も大好きです。好きなのですが、あえて1曲選ばれるような、ビートルズを
代表する曲でもないのに・・・という疑問なのでした。
 
A-F♯m-D-Eという、そう、“STAND BY ME”と全く同じコード進行の、気持ちのいいポップス
ではありますが、ビートルズオリジナルじゃないですし。
 
たぶん、誰かが(しかも文化部の関係者)一回レコードをかけた時、それを聞いた何人かの
生徒が曲を気に入って、次のコンサートでもリクエストして・・・、というのが繰り返されて
きたのでしょうね。
 
私は“HELTER SKELTER”とか“BACK IN THE U.S.S.R.”とかリクエストしたのですが、当然のこと
ながら採用されませんでしたね。

信州の星空

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信州の星空 ★星降る里の天文文化★  畑英利著 1985年銀河書房刊
 
「天体写真は良いですね、雨の日でも星が楽しめる」
こう仰ったというのは、野尻抱影先生でしたか・・・。
 
信州は関東・中京からも比較的近く、暗い空がある天体写真撮影に向いた場所が多かった
(過去形なのが悲しいですが)ところ。
 
その『信州の星空』を豊富な天体写真と共に、郷土出身の天文家や天体写真家、天文同好会の
紹介、観測地や天体撮影の方法までも含めて紹介したゼイタクな本。
 
帯にある『星空の○ッカ』ということば、今は使っちゃいけないんですよね、確か。宗教の聖地を
比喩として使用するのはねぇ・・・。
 
表紙写真は、なつかしのウエスト彗星ですね。その上にある大きな★は、どう考えてもいらない
気がします。
 
著者の畑英利先生は、小中学校の教師として県内各地で子供たちに星空の素晴らしさを教えて
来られた方です。2006年12月号の『月刊天文ガイド』では、長時間露出で日周運動を撮影する
達人として紹介されています。
 
ノルウェー領スピッツベルゲン島で撮影した、露出24時間(!)の日周運動写真では、北極星が
ぐるりと一周して円を描いています。
 
国内でも、木曽で撮影した12時間超の日周運動写真があり、天文ガイドの表紙になったと思い
ます。
 
実は今回、この本を引っ張り出してきたのは、松本周辺で紹介されている観測場所がなかったか
確認しようと思ったからです。
 
しかし、乗鞍高原以外にはありませんでした。
あとは木曽や飯田以南など、ちょいと遠い場所ばかり。
 
双眼鏡片手に、さっと車で30分・・・というような場所があればなぁ、なんて思ったのですが、
なかなか難しいようです。

キャロル

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マツダキャロル360警視庁パトロールカー仕様 トミーテック 1/64トミカ
 
全国7店舗ある(しかない?)タカラトミーの直営店『トイキングダム』の諏訪店に行って
来ました。
 
トミーのミニカー“トミカ”といえば、男の子なら誰でも、子供の頃1台や2台は必ず持って
いたおもちゃです。
 
そのトミカの直営店限定販売モデルの一つが、写真のマツダキャロルパトカー仕様です。
キャロルといえば、昭和40年代を代表する軽自動車ですね。セダン然とした独特のデザイン、
リアエンジン・リアドライブという、最近ではあまり見ないスタイルです。同時期の普通
乗用車では、同じRR方式の日野コンテッサがありました。
 
ショップ限定モデルは他にもいくつかあり、ダイハツミゼットの限定品なんてのもありました。
かなり食指が動いたのですが、限定品はいずれも1,000円以上したので、今回はこの1台で
我慢。
 
トミカの発売元のトミーテックといえば、天文ファンならおなじみのBORG天体望遠鏡の
メーカーですよね。もともとファミスコ60という玩具望遠鏡からスタートしたトミーですが、
今や天体写真派から大きな支持を得るメーカーに成長しましたね。
 
あ、そういえば個人で使用する(研究目的ではない)大型の望遠鏡って、たとえ口径が50センチ
あっても、大きなドームに入っていても“玩具”として扱われるって知ってましたか?

おごっそ

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さわやか信州おごっそ弁当
 
“おごっそ”とは、信州弁で『ごちそう(美味しい物)』の事。「おおっ、今日はおごっそだね」
なんて使い方をします。
 
ホテルメトロポリタン長野がプロデュースした駅弁『さわやか信州おごっそ弁当』第2弾が、JR
中央線や長野新幹線の各駅で販売中です。
 
信州の食材や郷土料理をアレンジしたもので、これはなかなか美味しいです。
 
料理のメニューは、
     ナスとピーマンの鉄火味噌のせ
     鮎の甘露煮
     凍り豆腐
     信州福味鶏のポワレ わさびの香り
     きのこと夏野菜のソテー
     ご飯 根曲がり細筍のスープ煮のせ
     香の物 このはな漬け(茗荷・赤じそ・生姜)
     甘味 アンズの蜜煮 糸寒天のせ
 
ごはんのボリュームが、ちょっと少なすぎる感がありますが、総じて薄味に仕上げてあり、
上品な美味しさでした。
 
特にナスとピーマンの鉄火味噌は子供の頃から慣れ親しんだ食べ物ですから、もうちょっと
多く食べたかったですね。
 
列車を降りてから車を運転しなくてはならなかったので、車中でビールを飲む事が出来ません
でした。
お茶を飲みながら、このお弁当を頂きました。
 
ゆっくり食べたつもりでしたが、新宿から八王子に着く前に食べ終わってしまいました。
その後松本までが非常に長く、暇で困ってしまいました。

夏風邪

先週末のサッカーパブリック・ビューイングの後、風邪をひいてしまいました。
 
日曜日午後あたりから身体がだるくなり、昨日は仕事に行ったものの、どうにも調子が悪くて早退しました。
今朝起きたら、間接が痛み、さらに調子が悪くなっていました。これはいかんと思い、近所の医者に駆け込み。
 
喉が赤く腫れているとの事。熱は36.8℃でしたから、ちょっと高いという程度でした。
 
そのままアパートに戻り、布団に入ろうとすると、仕事関係の携帯メールが。
とりあえず返信して、その対応のために電話を2、3件。そうこうしているうちに昨日連絡がつかなかった方に
電話をする時間になってしまいました。
 
電話を入れると、「電話では良くわからないから、これから来て欲しい」との事。具合いが悪いとは言いそびれ、
車で市内の客先に向かいます。簡単に打ち合わせを済ませ、それから会社に顔を出しました。
今打ち合わせて来た内容を、関係者にメールして帰宅。
 
午後2時半には、立会いが必要な仕事があり、今度は近所だったので歩いて出掛けました。
 
先ほど終わって、今しがた帰宅。
 
・・・これでは休んだ意味がない??

九五式軍刀

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日本陸軍 九五式軍刀(複製)
 
日本陸軍では、士官以上の軍人は日本刀型の軍刀を所持していました。これは古来より武人は
上等な刀を所持するという、極めて日本的感覚から発生したと思われる事で、兵器としての
刀というより、その権威を表すためのものだったといえます。
 
写真の九五式軍刀は、いわゆる曹長刀といわれる下士官用の軍刀で、これは兵器として制式に
採用されたもので、長さなど詳細に仕様が決まっていました。第2次世界大戦において、“刀”を
兵器として採用していたのは、たぶん日本陸海軍だけでしょう。
 
実戦での使用を前提としていますから、柄(つか)の部分は総金属製になっています。ここが
木製で、綿製(絹製もあり)柄紐巻きになっている九四式軍刀や九八式軍刀とは、強度的に
大きな差があります。目釘も竹製ではなく、金属ビス留めです。
 
歩兵科では、下士官の中でも曹長のみが所持を許される事が多く、伍長・軍曹は小銃を持ち、
三〇年式銃剣(いわゆる“ゴボウ剣”)を吊っていました。
 
『南の島に雪が降る』の中で、加東大介氏は2度目の応召の際、兵站病院付け軍曹として戦地に
赴任する時、「内地ではゴボウ剣だが、戦地に赴く時には軍刀を提げる事が出来る」と書いて
います。小銃を持たない兵科の伍長・軍曹も、この九五式軍刀を提げていたのでしょう。
 
憲兵などは上等兵や兵長(昭和15年新設)でもこれを持ち、拳銃を所持していたようです。
 
さて、昭和10年制式採用の九五式軍刀ですが、いわゆる日本刀の製造方法である焼入れや
鍛造をせず、ハガネに歯を付けただけの粗製品も多かったようです。
 
生前、父から聞いた話ですが、曹長刀は硬いものを斬ると折れずに曲がってしまう物が多かった
そうです。刃はグラインダーで研げたそうですから、いわゆる日本刀でいうところの“なまくら”が
多かったという事でしょうか。
 
刃を付けるといえば、三〇年式銃剣は、本来剣先にだけ刃入れをしてあるものですが、戦地では
刀身全体にグラインダーで刃入れをする事が多かったそうです。父も自分の銃剣には、根元まで
刃を付けていたと言っていました。
 
さて、写真の軍刀はレプリカですが、鍔に緑青が葺いたような味付けがなされています。
刀身は真鍮にメッキ、鞘は金属製です。刀緒は本皮で、なかなか良く出来ています。
 
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十四年式自動拳銃と共に、下士官兵の装備品として数多く製造されましたが、士官の軍刀(刀身)
のように美術品として所持が出来ず、兵器として扱われるために現存数が大変少ないのです。

オランダ戦

いやぁ、惜しかったですね。
 
松本市内、林友ホールで開かれたワールドカップサッカー、日本対オランダのパブリック・
ビューイングに行ってきました。
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開始10分を見ていて、正直「これは3点以上取られるな」と思いましたが・・・。ボールの支配率は、
前半8対2くらいでオランダでしたね。
 
結果は01で惜敗。しかし、決定的なチャンスは何度かありましたね。特に岡崎のシュートは
惜しかった。
 
優勝候補の一角に対して、これは善戦と言えるのでしょうね。
 
後半のロスタイム、あれはPK取ってくれても良いんじゃないの?と思いましたが、スローVTRで
見たら「なるほどな」と思いました。審判は良く見えているんですねぇ。
 
さてカメルーン対デンマーク、カメルーンに頑張ってもらいたいですね。もちろん、予選最終戦で
デンマークに日本が勝たなくちゃ意味がないですが。
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