Across the Universe

天文ブログでスタートしたつもりが、いつの間にかB級グルメブログになり、さらにダラダラ日記に変化しつつあります。

2008年12月

旅の途中

月日は百代の過客にして行かふ年も亦旅人なり 舟の上に生涯を浮かべ馬の口
とらへて老をむかふる者は日々旅にして旅をすみかとす 古人も多く旅に死せ
るあり 云々・・・

松尾芭蕉『奥の細道』の冒頭です。

今年も今日を残すのみとなりました。

藤井旭氏は、著書『星空日記』(河出書房新社刊)の最終章の中で、この1年間、
我々も芭蕉のいうように、期せずして旅をしてきたのだと書いています。

つまり、毎日1回転しながら秒速30キロメートルのスピードで太陽のまわりを
回る地球に乗って、365回転して元の場所に戻って来たというわけです。

ところが太陽は太陽で、太陽系の惑星たちを引き連れて、毎秒19キロメートルの
スピードで、こと座のベガ(織姫)方面に移動しているので、年間の移動距離で
約6億キロメートルも位置を変えたことになります。
しかも、その太陽系近辺の空間は、銀河系の中心のまわりを秒速250キロメートルの
スピードで回っているので、1年間で80億キロメートル移動したことになり
(それでも太陽は、銀河の中で1回転するのに2億5千万年もかかります)、
さらにその銀河系が、おとめ座銀河団の中心のまわりを秒速500キロメートルで
回っていると言われているので、1年間の移動距離は160億キロメートルに達します。
(以上、『星空日記』より引用、一部要約・加筆)

3次元的な移動距離といったら、いったいどれだけ遠くまで移動したのでしょう?
宇宙の壮大さは、人知の限界を遥か超えるものがありますが、そんな中で、
我々は母なる地球に乗って、とてつもない距離を行く、旅の途中にいるんですね。

そんな壮大な話から、松本駅前の飲み屋話まで、いつまで続くのかわからない
このブログも、新年からは一応知人の方々にも公開というつもりで、年賀状に
アドレスを書き込んでしまいました。・・・ちょっと後悔しています・・・。

年内の更新はこれにて終了。来年もまたよろしくお願いいたします。
書初めは2日を予定しています。

良いお年を!

お疲れさまでした

『わかる人にだけ』のコーナー

終日出かけていたのは、お手伝いのためだったわけですが、私以外の皆さんは全員、
昨日から完全徹夜状態だったのです。

私が到着した頃、たぶん限界をひと山かふた山越えたあたりだったのだと思いますが、
皆さんそれぞれ表情に疲れが出ていて、ほんの終わりの部分だけしか手伝えなかった
事が、とても申し訳なく感じた次第です。

あまり手伝えないうちに、午後イチで作業は終了。ふと見るとあちこちで気を失って
いる人たちが・・・。

みんな一刻でも早く布団に入りたいと思っていたと思われるのに、私だけ飲める状況下に
あったことで、結局4人で飲みに行きました。・・・本当にすみません・・・。

ワインは3本空けたと思いますが、私以外の方は、さすがに『吸い込み』がよろしく
ありませんでした(って当たり前ですよね)。

お疲れさまでした。
終わり良ければ全て良し。明日、全て無事済む事を祈っています。

カノープス(その2)

終日出かけていて、22時過ぎ到着の新幹線で上田に戻りました。

自宅近くでタクシーを降りると、頭上には冬の大三角形(オリオン座ベテルギウス、
こいぬ座プロキオン、おおいぬ座シリウス)が、凍てつく空に輝いていました。


(昨日からの続き)
カノープスの撮影に、結局成功しないまま年が変わり、1月下旬に仕事で沖縄に
行く機会がありました。

宿泊していたホテルで夕食を済ませ、中庭に出たときの事です。
晴れていたので、夜空に目を向けました。1月とはいえ沖縄の事、特に寒さも感じず、
上着も羽織らないで、中庭からビーチに向かって歩き出した時です。

南天に目を向けると、シリウスが見えます。「やけに黄色っぽく見えるな」
なんて思いながら、ふとその上空に目を上げると、さらに青白く明るい星が
見えます。「あれっ?これがシリウスだ。・・・ということは、こっちはカノープス
だったのか!」

オリオン座は殆ど頭の上に見え、シリウスも長野のイメージではリゲルくらいの
高度に見えます。

さすがに沖縄まで行くと、カノープスの高度もかなり高くなるんですね。
あまりに普通に見えてしまったため、20年以上見たくても見られなかったことが、
なんだったのか?と思いました。

それまでにも赤道直下や台湾に行ったことがありましたが、季節が夏だったり、
天気に恵まれなかったりで、見る機会がなかったのです。

見えるか見えないか、というギリギリのところにあってこそ、見えたときの
有り難味も大きいわけですが(なんだかこれ、別の話題でも通じますね。スケベ!)、
ここ沖縄では、カノープスも全然有り難味の無い星なのだなぁ、と感じた次第です。

古来より中国では『南極老人星』と言われ、見ると長生きが出来るという縁起の
良い星なのです。

やはりカノープスは、ちょっと苦労してでも、諏訪あたりで見るに限ります。

カノープス(その1)

りゅうこつ座のα星『カノープス(Canopus)』。
この季節、南の地平線近くに見える星です。

光度は-0.62等で、全天で2番目に明るい恒星(1番はおおいぬ座のシリウス)ですが、
本州から見ると、大気の減光でそれほど明るくは見えません。

りゅうこつ座というのは、その昔あった『アルゴ座』という大きな星座を分割し、
『とも(船尾)座』『ほ(帆)座』『らしんばん(羅針盤)座』『りゅうこつ(竜骨)
座』の4つになったうちのひとつ。みな帆船の一部の名前からきています。

神話アルゴ船の大冒険については、機会をみてまた書こうと思っていますが、
その昔映画にもなっていますので、ご存知の方も多いかも知れません。

カノープスは、北関東あたりが見える北限と言われていて、四方を山に囲まれた
長野県からは、高い山にでも登らないと見えない難物です。

もう10数年も前になりますが、諏訪で知り合った天文仲間達と毎週金曜日の夕方、
諏訪市の望遠鏡ショップ『コスモス』に集まっては、天文談義を楽しんでいました。

その時、郵便局に勤めるS君が、「ビーナスラインの途中に、カノープスが見える
場所がありますよ」という話をしてくれました。

地図で調べてみると、確かに白樺湖から車山に抜けるビーナスライン沿いは、
南の空が開けていて、地平線近くまで見える場所が何ヶ所かありそうです。
しかし透明度が良く、地平線まで全く雲がない日でなければ見ることが出来ません。

一緒に話を聞いた星景写真の大家Kさんと、Kさんに影響を受けて写真を始めた
I君と3人で、「早速見に行こう」となりました。11月中旬、それぞれカメラと
三脚を持って、S君に聞いた場所に集合、カノープスの南中時刻を待ちます。

南中予定時刻の30分ほど前、双眼鏡の視野に、待望のカノープスを捉えました。
小学校高学年の頃から、星を見始めて20年以上、いつか見てみたいと思って
いたカノープスを、ようやく見ることが出来たのです。

早速カメラのシャッターを開け、露出を開始しました。ニコンFEに35寸2を付け、
絞りはF4。フィルムはエクタクローム400、露出時間は60分。

しばらくすると、肉眼でも良く見えます。案外簡単に見えてしまい、ちょっと
拍子抜けした感じでした。

後日、現像に出したフィルムが上がって来た時、大いに失望しました。
富士見のスキー場が人工降雪機の運転のため、照明を点けていたのがカブって
しまい、まるで日中の写真のように夜空が明るくなってしまったのでした。

その後、何回かチャレンジしましたが、スキー場の照明が明るかったり、天気が
悪かったりで、結局撮影に成功しませんでした。(続く)

新月

今夜は新月。

冬型が強まり、日中でもかなり寒いです。
天気は雲ひとつ無い快晴(天文ファン的には、これを晴れてるというのですが)。
たぶん終夜天気も持ちそうです。

しかし、寒すぎる・・・。

昔はそう思わなかったのですがね。

ドームの中は、わりと寒さをしのげるのですが、とり立てて見たいものがあるわけでも
ないし、どうしようか・・・、という感じです。

この休み中に、実家に置いてある望遠鏡の調整だけは済ませたいと思っているので、
明日、実家に戻る際には、工具と接眼鏡などを持って行きます。

新月前後の週末、この時期だと、麦草峠中腹のレストハウス駐車場辺りには、関東
方面からの天体写真マニアが集まっていることでしょう。

まあ、こちらは無理せずに、今日のところは一杯やって早寝することにしましょうか。

仕事納め

今日で年内の仕事は終了。

アサイチで、売上の締め数字を確認して、年末挨拶で得意先を回りました。
夕方、取引先から「5時頃から年末の締めで一杯やってるから顔を出して」との
お誘いがあり、ちょっとだけ顔出ししました。
今日中に上田に戻るつもりだったので、お酒は固辞してウーロン茶を頂きながら
ひとしきり談笑、皆さんに挨拶して失礼してきました。

会社に戻ってひと仕事済ませ、19時過ぎにアパートに戻ったのですが、そこで
諏訪担当営業のS君から電話が来ます。「これから諏訪に来てください」
?何かあったのか?と聞くと、既にろれつが回っていない。
「なんで先輩が諏訪に来ないのかって、みんなが言ってますので#$△@!」
もう、何を言ってるのか判らない。そうしたら、競合他社の諏訪担当Iさんが
電話に出て「ごめんごめん、ちょっと飲ませすぎちゃった*£¢∞♀▼∀φ」

これまた何を言ってるのか判らない・・・。

いったい何時から飲んでいたのか??

ようやく電話を切って帰りの支度をして、片付けを済ませてアパートを出たのが
21時。

22時過ぎに上田の自宅に戻り、缶ビールを飲んで一息ついたところで、今度は、
上田で営業していた時に一緒に仕事をしていた、取引先のYさんから電話が来ます。

「どこにいるの?」「いや、今家に着いて、ビールを飲んだところ」「なんで?」

いや、なんでって言われると困ってしまうわけですが。

「先週金曜日、一緒に飲んだじゃない?」と言うと、「それとこれは別。今、Sさん
(私が前の会社にいた頃からの知り合い)と飲んでるんだけど、一緒に飲もうって
言ってるぞ」「もう飲んじゃったから、これから出られないですよ」・・・

表は既に-5℃。とてもじゃないけど歩いては出られない。

それから延々話が続き・・・、、、

私もそうですけど、酔った時に話題に上った人に、携帯で電話してしまうことって、
けっこうありませんか。

こちらも酔ってれば、案外辻褄が合わない会話でも盛り上がるわけですが、なにせ
こちらはシラフなわけで、寂しいような間が悪いような、ナンとも言えない気持ちに
なりました。

もとが酒が嫌いなクチじゃあないので、なんだか取り残されちゃったような、妙な
気持ちでしたね。

仕事納め、
皆さん、この一年の慰労で、各地でドカンと飲んでいたようで・・・。

景気回復の一助に(なるかどうか知りませんけど)、どんどん外でお酒を飲みましょう!!

轟沈!!

♪可愛い魚雷と一緒に積んだ青いバナナも黄色く熟れた
 男所帯は気儘なものよ 髭も生えます髭も生えます無精髭♪

お馴染みの(人はあまりいないでしょうが、、)軍歌『轟沈』の歌詞です。

轟沈とは、魚雷や艦砲射撃によって、軍艦がおおむね1分以内に沈没する様を言います。

昭和16年12月10日、太平洋戦争劈頭、海軍第二十二航空戦隊(九七式陸上攻撃機及び
一式陸上攻撃機混成)が、マレー沖海戦において、英国東洋艦隊(Z部隊)の戦艦
プリンス・オブ・ウエールズと巡洋戦艦レパルスに対して行った魚雷攻撃において、
両艦が短時間に撃沈された時、大本営発表として使われた言葉です。それ以前にも、
日清・日露戦争においても使用されていたようですが、この戦闘以降、大本営は好んで
この『轟沈』を使用したようです。


何を言いたいか、、、

そう、今日の麻雀の結果です。

まさに『轟沈』。。。
半荘6回中、プラスが1回だけ、あと5回は3位が1回ビリ4回。

いやはや、見事に負けました。
やることなすこと、全てが裏目。こんな事もあるんですね(最近多いんですが)・・・。

いつものメンバーで、お得意先の専務さんが若干のプラス、松本営業所長さんが
私の半分程度の負け。勝ったのは当社の担当営業O竹君。怒涛のような上がりっぷり
でした。

これはしかし、いかがなものか。

年が変わればツキも変わるのでしょうか??

最近は麻雀をしていても、全く勝てる気がしません。こうしたゲームでツキがない
時には、どこか他でツイていてもいいんじゃないか?とも思うのですが、どうも
そういう事もない。

そのうちいい事もあるんでしょうか?

Merry Christmas!

イメージ 1

クリスマス・イブ、いかがお過ごしでしょうか?

今年、こんなクリスマスプレゼントを頂きました。
いくつになっても嬉しいものですね。。

来年の干支、牛の置物です。友人と2人で頂きました。
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